Profile
知る人ぞ知る、殿シャツ。
・「人間万事塞翁が馬」
殿シャツを普及させるために昭和のオジサンが、令和の時代を頑張っています。世の中は、決して甘くありませんが、淡々と頑張っています。
還暦を過ぎておりますが、これだけは言えます。人生は、本当に最後の最後までわかりません。
「人間万事塞翁が馬」は、私の座右の銘でもあります。吉のような様な事が凶となり、良かったと思えば、とんでもない事になったり。
一寸先は、闇であり。誰とて知る術もありません。
上り坂、下り坂、マサカ?
そう思い半ば人生を楽しんで生きております。
・殿シャツなるものを簡単にご紹介します。
2011年に大阪の先代が、『POLOちゃいまんねん、TONOでんねん』というノリだけで勢いよく登場した後、一発芸のごとく、スゥーッと消えていったポロシャツのブランドです。(笑)
今思えば、TONOTOWNというショップ名も、もしかしたら・・・、あの有名な、Z@Z@TOWNからノリで付けたのではないかと疑っております。(笑)
私は、2014年の夏から、この『殿シャツ』を引き継ぎました。不慣れな事もありまして苦労もしましたが、しばらくして『殿シャツ』の不思議なチカラを感じました。そのチカラとは、このエンブレムにあります。
クールなんですが、面白く、遊び心もございます。そして、何より人を和ますチカラがあるのです。私は、そのチカラを信じております。
日々、孤軍奮闘し、この倉敷の地から全国に殿シャツをお届けしております。皆様、殿シャツの普及を是非とも応援下さい。どうぞ、よろしくお願いいたします。
意外ですが、殿は、アメリカンな空間で製作されています。欧米を知りて我が国の良さを知るのも一つの戦略ではないかと考えております。井の中の蛙では、ございません。(;^ω^)
そして、この「殿」は、シッカリと商標登録がされています。登録料って費用がかかりますが、守り続けています。
公式サイトは、TONOTOWN
・店長 昭和のオジサンがズレた感覚で頑張っている。
・誕生日:1961年 南瓜祭りの頃。
・出身地
福岡県、筑豊の炭鉱町、飯塚で生まれる。父親は、大酒飲みだった。
映画化された五木寛之の小説「青春の門」の舞台です。
青春時代は、まさに漫画「博多っ子純情」。博多の街には、想い出が多い。
幼少期は、転々としましたが、福岡の博多、東京は、板橋区、豊島区、練馬区、その他、居候を含め現在の倉敷に至るまで15回以上の引越しをしております。
子供の頃から、積み木やレゴのようなモノで遊ぶのが好きでした。
図工や美術が好きでした。中学生の時、美術の先生がくれた通信簿が5だったのです。
高校卒業後、私はデザインの専門学校にいきました。
東京のデザイン会社に行き、サラリーマン生活を送っていました。
その後、アレコレしながら、30歳位の時、会社を辞め、石に関係する仕事につきました。
岡山県笠岡市の北木島で初めて石に触れました。
私は、芸術家ではありませんが、
1999年、第5回倉敷市主催のまちかどの彫刻展に入選して
2000年、ニュージーランドクライストチャーチにて彫刻の祭典に参加。
その後、各所に記念碑、オブジェを製作・設置。
石の魅力は、素晴らしいものです。
2011年10月より服に興味をもって服の製作をはじめる。
2012年頃から手織りを習いはじめました。
作務衣服を中心に手織り、裂き織り服を製作する。
2014年8月にアパレルの商標を譲り受け、独自ブランドの『殿シャツ』の普及活動を始めております。
2020年3月より刺繍機を購入、刺繍の勉強をはじめる。
2020年4月13日よりアルコールを飲まない人を目指しています。
私は、アルコールを40年近く毎日、飲んでおりましたが、今は、飲まない人になりました。決して飲めないのではなく、断酒を継続しています。 ⇒Sober Curious
まだ、やり遂げなければならないことがあります。それは、更に『殿シャツ』を普及さることです。太古の昔より、人は、火を焚き、肉を焼き、酒を飲み、歌い踊る。今と全く変わりません。楽しく飲める方は、思いっ切り楽しんで下さい。
私は、お酒を否定してはおりません。お酒もタバコも文化です。
ただ、私にとっては、お酒が何よりも中毒性のある薬物であると体が感じてからお酒を飲んでいません。幸いにも過去に大きな事件や事故は、起こしたことは?たぶん、ないと思う・・・。多少の迷惑は、あったかもしれません。否、忘れているだけかも。(汗)
今は、あえてお酒を飲まない人を続けています。
・出没地
倉敷の城下町、特に夜行性です。何故かお酒の喜平のネオンサイン。
・趣味
庭いじりと日曜大工を楽しんでいます。
・デートでいきたいところは?
寿司屋
・子供の頃なりたかった職業は?
アフリカで密猟者を取り締まるレンジャー
・お弁当に絶対いれて欲しいおかずは?
明太子
・あなたにとっての必需品はなに?
テッシュペーパー
・1ヶ月毎日食べるとしたら何?
焼き鳥
・人生を語るには早いが、振り返れば輝いていた時期もくすぶっていた時期もあった。
石の仕事はどんな仕事も全力で向きあった。駄作も多く、反省も多い。
設置した会社や場所の多くが、無くなり石もどこかに消えた。
諸行は無常である。永遠なるものはない、『絶対は、絶対にない』と断言できる。
【集合2】
Stone bend backward.
Metal fittings are prepared. 【金具を用意する】
The stone which yawns.
The stone which smokes tobacco.
The stone which brushes teeth.
The stone which drinks 100% juice.
The stone which eats a snack.
The sewn stone.
A hole is made in a stone.【石に穴をあける】
The back side of love .【愛の裏側】
Love is complicated. 【愛は複雑】
gatepost
”水島エンゼル銀行記念碑”です。岡山県の水島警察署からの依頼です。
碑文を読んだときには大変感銘し、皆様の真心と姉妹への思いをこめ鶴を彫って製作いたしました。
昭和38年2月14日、水島警察署へ”ささやかですが貧しい人に愛の手をさしのべたいと思いますから、よろしく・・・”と、匿名の姉妹から500円と折り鶴二羽が送られてきました。
この話を伝え聞いた大勢の人たちからも善意の送金が次々と寄せられました。
やがて、誰ということなく、この心優しい姉妹の願いを生かした善意銀行をつくり、社会のために役立てようという話が持ち上がり、同年3月1日、姉妹の天使のような心にちなんで”水島エンゼル銀行”が生まれました。
それ以来、”愛の輪を広げよう”を合言葉に大勢のみなさんから善意の寄託が相次ぎ、寄託金は交通遺児や犯罪被害者遺児などへの慰問・激励、社会福祉施設への慰問、青少年健全育成などに役立てられました。
ここに40年間の水島市民の善意を顕彰し、記念碑を建てるものです。
水島エンゼル銀行記念碑 平成16年3月1日 ムラカミマサヒロ
【英知の歩み】会社の設立50周年を記念して製作いたしました。
【流線】大理石
【集合】
【空遊】
【息吹】
【重圧】
【風の記憶】大理石
【エネルギー】大理石
【pose】
【流された時間】大理石
大理石での製作です。流された時間の意味?これは石鹸がモチーフです。
土台が石鹸で、石鹸が使用されるにつれ小さく消耗していく時間の経過をあらわしています。
【蠢き】
【スイング】
【STAND】
【沈黙のバランス】
【円環】
この作品は、リサイクル企業からの依頼です。
イメージは、リサイクル=循環とういうことで製作しました。
【滅するもの生まれるもの】砂岩:Sandstone
この作品は、2000年を記念してニュージーランドのクライストチャーチで行われた”ART in THE PARK”で、各国から彫刻家を招いた、彫刻の祭典です。自分が指定した大きさの石を3週間の間に製作するというものです。
オマール石という砂岩による製作です。最後はオークションとなり販売されました。
私は、友好都市として参加してましたので、オークションの金額は現地で寄付されました。
【異なる中心円】
創ったものは、壊す時が来る。
20年以上は置いていたが・・・。
2021.12.04
【軟体】
【牛といえば牛】牛が好きな人がいるので依頼を受け製作しました。”私がつくる牛なのでどうなるかわかりませんよ”と、
念押しをしたあとに創りました。
【久遠】きわまりない無始無終わりの中で、カタチとなり塵となり、また静寂であり時にはうねるようなエネルギーを生み出す様子。 第5回 倉敷まちかどの彫刻展 2000年3/4~26日
【COUPLE】
この作品は、知人のおしゃれな居酒屋のガラス越しに設置してあります。
オトコとオンナが集まる場所として【COUPLE】=カップルという作品です。
【隆起】
【個々の存在】
二つの異質の石が組み合わさっている感じを表現させたかったのです。わざわざ山から出てきた石を土木屋さんの重機で吊り上げてもらい運びました。何かを創ろうと思っても石も無く、お金も無かったのでもがいていたのを思い出します。
【太古の組】
2006.8.7
焼き鳥 きんぺい
2006.7.18
2006.12.04
*Hawaii Honolulu JC 50周年
これだけじゃない。まだまだあるけど、よくやったもんだ。